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ベルサイユ宮殿に向かって(6月29日)

ここからは旅も終盤、パリに向かう。添乗員がパリでの注意事項について説明する。 交通手段として、メトロは便利だが、本来メトロは庶民の乗り物。ブランド品を持つような 階層の乗り物ではない。ブランドの紙袋を持って乗車するのは危険です。また署名を求め、 内容を十分確認せず署名すると、寄付金の署名だから金を払えと言われるケースもあると。 途中から70歳程のパリ在住の日本人女性が説明ガイドとして乗車する。日本の観光客は 過剰なほど注意深くなってパリに来るようだ。自分はデイズニーランドの近くに住んでいるが、 電車の中で日本人女性が困っているようなので声をかけるが無視されると。警戒心の塊りのようだと。 それでも良いが、せっかくパリに来たのに、何かもったいないと。 ベルサイユ市に入る。ベルサイユ宮殿より高い建物は建てられず、高級住宅街のままであると。 人口も建設当時の8万から10万に微増した程度。道路は3つに区分され、中央の馬車道、その 両側が騎兵用、そしてその外が歩道であると。建築当時から大きな変更はなく、石畳をアスファルトに変えた程度。バスからおりてレストランに向かう。ベルサイユ宮殿を左手に 見ながら石畳を歩く。奥まったレストランで中庭が見える。ここではエスカルゴを食べる。 専用の挟みを使い、ホークでほじくり出し、5個。ナメクジのようなグニャグニャしたものかと 思ったが貝のような食感で結構美味しい。しかし、ここでも狭いテーブルに10人、 フランスのレストランはどこも窮屈だ。

石畳 レストラン エスカルゴ
メインデイッシュ デザート

ベルサイユ宮殿

日本人ガイドの案内でベルサイユ宮殿に入る。チケットの購入や入場に時間がかかるとのことで、 しばらく門近くで写真を写しながら時間をつぶす。広場にはチケット購入のための長い行列がある。 チケット購入に30分、入場に30分が普通と。観光シーズンに個人で来ると入場が大変だ。 チケットを持ち、入口に集合。20分ほど待ち入場する。 ベルサイユ宮殿は1624年、ルイ13世が狩猟の館として建築した後、1682年に ルイ14世が現在の形にした。ナポレオンの戴冠式の絵、鏡の間、紫水晶のシャンデリア。 各部屋のインテリア、タペストリー、寝具。あきれるほどの多くの部屋がある。 全部で700もあるそうだ。どれもこれも豪華な点で似通っており、その違いが印象に 残らない。ルイ14−15世はそれぞれ思惑があって各部屋の内装をしたのだろうが。 ふと思ったのだが、廊下が無い。目的の部屋に行こうとしたら、各部屋の中を通って 行かなければならない。王様専用ならそれでも問題ないのか。 14時30分、裏口に出てフリータイム。アーチ状のリング、整然と植えられたバラ園、コスモスの花も風に揺れる。 これぞフランスの庭園。走るようにプレハブトイレに向かう。この広い観光施設の中で、唯一のトイレ?。 ルイ14世は77歳と長命であった。そのため、孫が後継者になってしまった。臣下の財力を 消耗させるため、料理でもてなしつつ、ここで賭博をさせたと。


正門 正門横の石像 正門横の石像

チケットを買う行列 入場前 韓国人の作品
天井
天井 天井
天井のシャンデリア 天井
鏡の間
鏡の間 鏡の間 鏡の間
ナポレオンの戴冠式
広場 広場 庭園
庭園 庭園 庭園前の階段にある石像


プチトリアノン

15時25分、バスに乗り、離宮(プチ・トリアノン)に。先ほどまでの青空が厚い雲に覆われ、 雨が激しくふりだす。しばらくバスに乗っていたが、交通規制とかで、バスから下り並木道を延々と歩く。 30分近く歩いたろうか、16時、漸く小さな宮殿、プチトリアノンに着く。1762年から 1768年にかけて、ルイ15世が公妾ポンパドール夫人のために建築したが、完成を待たずに 死亡、そのためマリー・アントワネットに与えられた。マリー・アントワネットが自分の家、部屋として 自分好みに仕上げたものだという。時計は1788年、フランス革命の前年に制作されたもの だという。螺旋階段を上る。メデューサの彫刻がある。窓からは小さなギリシャ風の東屋が見える。 1777年、ミックが制作した東屋で「愛の殿堂」と言われている。

大階段 メデューサの彫刻 マリーアントワネット
大食堂から 大食堂のシャンデリア 暖炉の上の時計
内殿 東屋



アモー

プチトリアノンに接した庭園に向かう。もともと、ここは、狩猟場だったという。 王妃の村里「アモー」である。大池「 Grand Lac」の周囲に12の家屋が建築され、現在10家屋が残っているそうだ。王妃が実際に使用したのは瓦屋根の家だという。 農地があり、家畜を育てたり、野菜を作ったりと「農婦ごっこ」をしたとのこと。 水たまりの道路をブツブツ言いながら現地ガイドが歩いていく。ガイドは「かわいくない 鯉です」と言いつつ、ランチで出されたパンを池の鯉にやる。数十匹が集まってきて 口を開ける。しばらく歩くと、2階建ての農家が見える。水車や滑車。茅葺の屋根には草も。 故郷の昔の風景を思い出す。 外見は農家だが、室内は豪華とガイドが言う。王妃が農家に憧れて、農婦の姿をして楽しんだと。 癒しになったのだろうか? バスに向かって帰路につく。延々と並木道を歩く。きれいに刈り込まれており、いかにもヨーロッパとの印象を受ける。漸く、 バスが待っているという交差点に着く。現地ガイドが歩行者用の信号をまったく無視し、 車をすり抜けるように横断する。この日本人もすっかりパリ市民になっている。

アモーに向かって アモー
リス
土壁
プチトリアンオン正門 街路
街路 交差点 交差点

パリ

パリ市内に入り、大きな混雑にも会わず、ホテルに到着する。 フロントで添乗員から明日、明後日の説明を受ける。明後日は12時にチェックアウト、 従ってスーツケースはそれまでに梱包し各部屋のわかりやすい場所にと。手荷物は、 コンセルジェが預かってくれる。受け取る時、チップを渡して欲しいと。結局、 忘れてしまうのだが。最終日、部屋は12時までしか使えませんので注意をと。 また、お土産を整理しようと、フロントでスーツケースの中身の入れ替えを行うことは ホテルの品格上避けてほしい。必要なら空港で入れ替えをして欲しいと。予想外の事態。 カードキーをもらい、部屋に入る。重々しい調度品に分厚いベッド。楽譜の入った額。 歴史と豪華さを強調しているようだ。kgとポンド表示の体重計。スーツケースの重量確認に 使えそう。今晩のデイナーがツアー最後の全員食事となる。なんとなく、なごり惜しい。 明日、明後日のフリータイムについて話し合う。美術館めぐり、凱旋門、市内観光、添乗員から 教えてもらったレストランに行く人。ワインは10ユーロで、やはりチップを払って欲しいと添乗員。食後、明日の下見でオペラ座界隈を散策する。ルーブル美術館まで行ったツ アー客もいたようだ。



オペラ座 オペラ座 ホテルのホール


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